大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)868号 判決 1979年5月10日

目  次

当事者の表示 <略>

主文

事実 <略>

第一 当事者の求めた裁判 <略>

第二 当事者の主張 <略>

一 請求原因 <略>

二 請求原因に対する被告田辺の認否及び主張 <略>

三 請求原因に対する被告チバの認否及び主張 <略>

四 請求原因に対する被告武田の認否及び主張 <略>

五 請求原因に対する被告国の認否及び主張 <略>

第三 証拠 <略>

理由

一 スモンの概念及びその臨床、病理 <略>

1 スモンの概念 <略>

2 スモンの臨床症状 <略>

3 スモンの病理所見 <略>

二 被告会社らによるキノホルム剤の製造・販売等 <略>

三 因果関係

(総論的因果関係)

1 行政措置 <略>

2 服用調査 <略>

3 量と反応の関係 <略>

4 動物実験 <略>

5 因果関係の総括

6 因果関係に関する被告らのその他の反論に対する判断

7 被告田辺のウイルス説

(個別的因果関係)

8 原告患者らのスモン罹患の有無及びその罹患とキノホルム剤服用との因果関係 <略>

四 被告会社らの責任 <略>

1 注意義務 <略>

2 予見可能性 <略>

3 結果予見義務懈怠 <略>

4 結果回避義務懈怠 <略>

5 被告会社らの責任についての結論 <略>

五 被告国の責任

1 注意義務

2 予見可能性

3 結果予見義務懈怠

4 結果回避義務懈怠

5 被告国の責任についての結論

六 損害

1 包括請求

2 損害額の算定

3 弁護士費用

七 結論

当事者目録 <略>

原告別請求・認容一覧表

キノホルム剤一覧表 <略>

死亡患者相続一覧表 <略>

個別主張一覧表 <略>

個別認定一覧表 <略>

原告 石川義光 ほか七四名

被告 国 ほか三名

代理人 吉戒修一 牧野巌 前川典和 中村勲 梅津和宏 向英洋 大藤孝史 ほか一〇名

判決骨子

一 因果関係

スモンはキノホルム剤の服用により発症した疾病であると認められ、ウイルス説は採用できない。原告患者らは、投薬証明のない者も含め全員が、キノホルム剤の服用によりスモンに罹患したと認められる。

二 被告会社らの責任

被告会社らは、文献・報告の検討によりキノホルムの神経障害作用を予見できたのに、これを予見せず、被害防止のために適切な措置をとらなかつたもので、不法行為法上の責任がある。

三 被告国の責任

厚生大臣は、薬事法上医薬品の安全性を確保すべき義務を負うが、キノホルム剤につき右義務に違反したもので、被告国は国家賠償法上の責任がある。

四 損害

原告患者の各種損害を包括して評価し、症度、年令等を考慮して損害額を算定した。

判決要旨

(因果関係)

1 スモンがキノホルム剤の服用により発症した疾病であることは、<1>昭和四五年九月のキノホルム剤販売中止の行政措置後スモン患者の発生が急激に減少したこと、<2>スモン患者の大多数が神経症状発現前にキノホルム剤を服用しており、キノホルム服用群からのスモン発症率は非服用群からの発症率に比べ有意に高いとの調査結果が報告されていること、<3>スモンの発症率及び重症度とキノホルム剤使用量との間にほぼ相関する関連性が認められること、<4>キノホルム剤の投与によりスモンの症状にほぼ一致する病変を作出した動物実験の結果が存在すること、以上を総合してこれを認定することができる。

2 被告田辺の主張するウイルス説は、疫学的にもまた病因論的にも疑問が多く、採用することができない。

3 原告患者らは、証拠によつて認められる病状経過等や鑑定の結果を総合すると、投薬証明のない者も含め全員がキノホルム剤の服用によりスモンに罹患したと認められる。

(被告会社らの責任)

1 製薬会社は、医薬品の特質及び業務の性質に照らして、医薬品の安全性確保のために、その製造・販売に際しては、その当時の最高の学問・技術の水準に達した文献調査、動物実験などを行なつて当該医薬品の副作用の有無及び程度を認識・予見すべきであり、被害の発生が予想された場合にはそれを回避するために適切な措置をとるべき義務がある。

2 本件原告患者らのキノホルム剤服用の最も早い時期の前年である昭和三五年の末の時点(基準時)において、被告会社らは、キノホルム及びその類縁化合物の副作用に関する文献・報告を入手して検討することにより、キノホルムの副作用によりヒトに神経障害が発現することを予見できた。それにもかかわらず、被告会社らは右の予見をしなかつた。

3 被告会社らは、右基準時において、キノホルムの副作用による被害の発生を未然に防止するために、キノホルム剤の適応症をアメーバ赤痢に限定しかつ副作用の警告をなすべきであつたのに、それをしなかつた。

4 従つて、被告会社らは、その製造・販売にかかるキノホルム剤を服用してスモンに罹患した原告患者らの損害を賠償すべき責任がある。

(被告国の責任)

1 被告国の厚生大臣は、薬事法(旧薬事法)に基づき、国民に供給される医薬品の安全性を確保すべき注意義務を負つている。具体的には、医薬品の公定書収載、製造又は輸入販売の許可又は承認に際し、またその後においても、当該医薬品の副作用の有無・程度を認識・予見すべきであり、被害の発生が予想された場合はそれを回避するために適切な措置をとるべきである。

2 国はかつて自らキノホルムの製造法を開発したことがあり、また一旦はキノホルムを劇薬に指定したことがある。厚生大臣は、昭和三五年末の基準時において、キノホルム及びその類縁化合物の副作用に関する文献・報告を入手、検討することにより、キノホルムの副作用によりヒトに神経障害が発現することを予見できた。それにもかかわらず、厚生大臣は右の予見をしなかつた。

3 厚生大臣は、キノホルムの副作用による被害の発生を未然に防止するために、右の基準時において、既になしたキノホルム剤の公定書収載、製造又は輸入販売の許可について、事後的になんらかの規制権限を行使すべきであつたのにこれを怠り、また、右基準時以降における公定書収載、製造又は輸入販売の許可又は承認に際して、適応症の制限や副作用の警告を条件とすべきであつたのにこれをしなかつた。

4 従つて、被告国は、キノホルム剤の服用によりスモンに罹患した原告患者らに対し、被告会社らと連帯して、又は単独で、その損害を賠償すべき責任がある。

(損害)

1 原告患者らは、スモンに罹患したため、身体的・精神的苦痛、経済的損失など各種の損害を被つた。各原告患者についてスモン罹患時からの事情を含め口頭弁論終結時における全損害を包括して評価し、損害額を算定することとした。

2 各原告患者の損害額を算定するにあたつては、ことに、症状の程度、発症時年令、家族構成上の地位の諸点を考慮した。

主文

一  被告田辺製薬株式会社、被告日本チバガイギー株式会社、被告武田薬品工業株式会社のうち別紙原告別請求・認容一覧表の被告会社欄に○印の付された被告(但し、対応する同表棄却欄に被告名の記載された被告を除く)及び被告国は、各自(但し、同表原告番号一次4、一次5(三次62)、一次17、二次1、二次2、二次7、(三次61)、二次8(三次63)、二次11、二次15、二次29、二次38、二次42、二次44、二次45の各原告については被告国のみ)、対応する原告氏名欄記載の原告に対し、対応する同表<6>欄記載の金員及びそのうち対応する<4>欄記載の金員に対する同表原告番号一次4、一次5(三次62)、一次17、二次8(三次63)、二次15、二次29、二次38の各原告については昭和五四年三月三〇日から、右各原告を除くその余の原告については昭和五三年一二月一九日から各完済までいずれも年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの右被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  右同表原告番号一次5(三次62)、一次17、二次7(三次61)、二次8(三次63)、二次11の各原告の被告田辺製薬株式会社に対する各請求、右同表原告番号一次10、二次11、二次42、二次44、二次45の各原告の被告日本チバガイギー株式会社及び被告武田薬品工業株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、前項記載の原被告ら間に生じた分は同原告らの、その余は右一覧表の各原告に対応する第一項記載の被告らの各負担とする。

五  この判決は第一項につき、認容金額の三分の一の限度において仮に執行することができる。

事  実<省略>

理由

一、二 <略>

三  因果関係

(総論的因果関係)

1ないし4 <略>

5 (因果関係の総括)

以上認定した諸事実、すなわち、(一)行政措置後スモン患者の発生は急激に減少したこと、(二)スモン患者の大多数は神経症状発現前にキノホルム剤を服用しており、キノホルム服用群からのスモン発症率は非服用群からの発症率に比べ有意に高いとの調査結果が報告されていること、(三)スモンの発症率及び重症度とキノホルム剤使用量との間にはほぼ相関する関連性を認めることができること、(四)キノホルム剤の投与によりスモンの症状にほぼ一致する病変を作出した動物実験の結果が存在すること、を総合して考察すれば、スモンはキノホルム剤の服用により発症した疾病であると認定することができる。

けだし、スモン発症機序については未だ不明の部分もあるけれども、訴訟上の因果関係の立証は一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いをさしはさまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それでも足りるものである(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決民集二九巻九号一四一七頁)ところ、右認定の諸事実を総合すれば優に右の意味における因果関係を肯定することができるからである。

6 (因果関係に関する被告らの他の反論に対する判断)

(一)  キノホルム剤非服用スモン患者が存在するとの主張について

前記2認定の各調査結果中にはキノホルム剤非服用のスモン患者が少数例存在する旨の報告があるが、キノホルム剤非服用とされたスモン患者の乾燥血清からキノホルムが検出された(<証拠略>)ことからも推測しうるようにキノホルム剤を確実に服用していないことの認定自体が事柄の性質上困難な場合があること、また、前記のとおりスモンの診断指針は専ら臨床症状のみに基づいているためスモンと診断された症例の中に他疾患が混入するおそれもあり、現に<証拠略>によれば相当程度の誤診率の存在の報告もあることが認められるのであつて、これらの事実を考え合わせると前記調査結果中にキノホルム剤非服用スモン患者が存在する旨報告されているからといつて直ちにスモンとキノホルムとの因果関係を否定することは到底できない。

(二)  行政措置後においてもスモン患者が発生しているとの主張について

行政措置以降昭和四八年までのスモン患者発生報告数は前記1(二)認定のとおりであり、<証拠略>によれば昭和五〇年以降においてもスモン様症例の発生が報告されていることが認められるが、他疾患混入の可能性をひとまず措くとしても、その数は行政措置以前におけるスモン患者の発生数に比較すれば極めて微々たるものであつて、これをもつてスモンとキノホルムとの間の因果関係を否定することは到底できない。

(三)  キノホルム剤は昭和九年ころから広く服用されているにもかかわらずスモンは昭和三〇年以降にはじめて発生した疾患であるとの主張について

<証拠略>によれば、戦前のキノホルム剤の使用量は比較的少量かつ短期間の例が多いこと、しかし特定の一病院において長期大量投与した症例につきカルテに基づき検討した結果ではビオフオルム投与後神経症状を呈した例が三例、そのうちスモン様症状を呈した例が少くとも一例見出されたこと、キノホルムの生産、輸入量は昭和三〇年ころまでは比較的少量であつたが、昭和三〇年ころから三五年ころにかけて急増し、昭和四一年ころ一時減少したのち再び増加し、一方スモン患者の発生数も昭和三三年から三七年ころにかけて急増し、更に昭和四〇年ころから再び急増していること、動物実験によれば乳化剤(CMC)配合キノホルム剤は単独キノホルム剤よりも少量で早く高率にスモン様症状を発症させることが認められるところ、国産キノホルム剤に乳化剤(CMC)が配合されるようになつたのは昭和二八年以降であり、スモンの出現と年次的に符合すること、以上の事実が認められ、これによれば、昭和三〇年以降にスモン患者の発生が報告されるに至つたことは必ずしもスモンとキノホルムとの因果関係を否定するものではなく、かえつて、両者間の関連性を推測させるものということができる。

(四)  外国ではスモンは発生しておらず、殆どの国ではキノホルム剤に対する規制措置もとられていないとの主張について

<証拠略>によれば、片平冽彦らは一九七〇年以降に諸外国で出されたキノホルム中毒(神経障害例)に関する報告の文献調査を行ない、その結果、大人の下痢、大腸炎等にキノホルム類を投与し亜急性ないし慢性神経症状が発現した例が三四例、小児の下痢や腸性末端皮膚炎にキノホルム類を投与し同様に神経症状が発現した例が一〇例、急性中毒例が六例であり、その内容は亜急性・慢性の場合小児では視覚障害のみを呈する例が大部分であり、大人の場合は一七例が視覚障害を伴つており、二九例は知覚障害の記載があり、知覚障害、運動障害、視覚障害が全て発現した例は九例であつたと述べ、日本と比較すればまだ数は少いもののキノホルム類中毒の報告は外国においても年々累積しつつあり、実際の発生数は右の文献による調査結果を上廻るであろうと報告し、また、右と同時に行なわれた郵送調査(昭和五一年八月二〇日ないし同年一一月二〇日発送、同年八月二七日ないし昭和五二年三月二九日返着)によれば、返信に記載のあつた三六か国中二六か国においては販売停止その他なんらかのキノホルム類使用規制(警告を含む)措置がとられていると述べ、日本でのキノホルム類販売停止措置以降、キノホルム類の使用停止ないし規制措置をとる国が年々増加していることが判明したと報告していることが認められる。右事実によれば、キノホルム剤によるスモン様疾患の発生は決して日本のみに特有なものであるということはできない。

7 (被告田辺のウイルス説)

(一)ないし(四) <略>

(五) 以上の井上ウイルスに対する疫学的及び病因論的検討によれば、井上ウイルスがスモンの病因であるとする被告田辺の主張は、その証明が不十分であり、結局採用することができない。

(個別的因果関係)

8 原告患者らのスモン罹患の有無及びその罹患とキノホルム剤服用との因果関係 <略>

四  被告会社らの責任 <略>

五  被告国の責任

1  (注意義務)

(一)  (注意義務の根拠)

右に認定したとおり、医薬品の安全性を確保すべき注意義務は、第一次的にはその製造・販売者が法律上の義務として当然にこれを負うものである。

しかし、前記四2(二)(編注・(予見可能性の基準時)先に認定したとおり、原告患者らに関しスモン罹患と因果関係のあるキノホルム剤の服用の時期のうちで最も早いものは昭和三六年四月ころであるから、被告らの行為と原告患者らのキノホルム剤服用との間の時間的径庭を考慮したうえで、その前年の昭和三五年(一九六〇年)末を予見可能性の基準時として措定し、以下の考察を進めることとする。)の予見可能性の基準時当時施行されていた旧薬事法(昭和二三年七月二九日法律第一九七号)及び原告患者らがキノホルム剤を服用した当時施行されていた現行薬事法(昭和三五年八月一〇日法律第一四五号)によれば、被告国の公務員である厚生大臣もまた、国民に対し、医薬品の安全性を確保すべき法律上の義務を負うものと解すべきである。その理由は次のとおりである。

(1) 旧薬事法は、その目的を医薬品等に関連する事項を規整し、その適正を図ること(一条)と述べたうえ、医薬品の製造(二八条で輸入販売に準用)に関し、医薬品の製造業を営もうとする者は製造所ごとに厚生大臣の登録を受けなければならないこと(二六条一項)、公定書(日本薬局方及び国民医薬品集)に収められていない医薬品を製造しようとするときは品目ごとにその製造について厚生大臣の許可を受けなければならないこと(二六条三項)、公定書に収められていない医薬品の製造許可申請書には製造品目の成分及び分量並びに製造法、成分不明のときはその本質及び製造法、用法、用量、効能を記載しなければならないこと(施行規則二二条)、厚生大臣が公定書に収められていない医薬品について製造の許可を与えるには薬事委員会(後に薬事審議会と改称)の建議に基づいてこれをしなければならないこと(二六条四項)、薬事委員会は大学の長及び教職員並びに薬事等に従事する者を含め厚生大臣の任命した者により組織されること(八条)、公定書に収められていない医薬品は厚生大臣の許可を受けた基準に適合したものでなければ製造等してはならないこと(三一条)を規定し、また、公定書に関し、厚生大臣は医薬品の強度、品質及び純度の適正を図るため薬事委員会の提出する原案に基づいて日本薬局方、国民医薬品集又はこれらの追補を発行し、これを公布しなければならないこと(三〇条一項)、薬事委員会は少くとも一〇年ごとに薬局方の改訂の原案を、少くとも二年半ごとにその追補の原案を厚生大臣に提出しなければならないこと(一六条)、公定書に収められた医薬品はその強度、品質及び純度が公定書で定める基準に適合するものでなければ製造等してはならないこと(三〇条二項)を規定していた。

現行薬事法は、その目的を医薬品等に関する事項を規制し、その適正を図ること(一条)と述べたうえ、医薬品の製造(二三条で輸入販売に準用)に関し、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ業として医薬品の製造をしてはならないこと(一二条一項)、この許可は厚生大臣が製造所ごとに与えること(一二条二項)、厚生大臣は日本薬局方に収められていない医薬品につき製造の申請があつたときはその名称、成分、分量、用法、効能、効果等を審査して品目ごとにその製造についての承認を与えること(一四条一項)、厚生大臣は右承認について必要と認めるときは医薬品若しくはこれらの原料の見本品、基礎実験資料、臨床成績その他の参考資料の提出を求めることができること(施行規則二〇条)、製造承認にあたつては厚生大臣は中央薬事審議会に諮問することができること(三条一項)、中央薬事審議会の委員は学識経験のある者を含め厚生大臣が任命すること(中央薬事審議会令二条一項)、承認を受けた医薬品であつてその成分又は分量がその承認の内容と異なるものは製造等してはならないこと(五六条二号)を規定し、また、日本薬局方に関し、厚生大臣は医薬品の性状及び品質の適正をはかるため中央薬事審議会の意見を聞いて日本薬局方を定め、これを公示し(四一条一項)、かつ、少くとも一〇年ごとに日本薬局方の全面にわたつて中央薬事審議会の検討が行われるようにその改定について中央薬事審議会に諮問しなければならないこと(四一条二項)、日本薬局方に収められている医薬品はその性状又は品質が日本薬局方で定める基準に適合しないものは製造等してはならないこと(五六条一号)を規定している。

以上のとおり、旧薬事法及び現行薬事法はいずれも医薬品等に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的として立法され、医薬品の製造(輸入販売)については、公定書に収載された医薬品はその公定書に定める基準に、公定書に収載されていない医薬品は製造承認(許可)の際の基準にそれぞれ適合したものでなければ製造(輸入販売)してはならないものとして、公定書の制定(公定書への収載)及び製造(輸入販売)承認(許可)を通して医薬品の品質保持の責務を厚生大臣に負わせているものと解される。

(2) ところで、医薬品は前記のとおり、疾病の診断、治療又は予防のために必要欠くべからざるものであるが、同時に副作用により人の生命・健康を害する危険を常にはらむものであり、従つて、医薬品の有用性の決定にあたつては常にその安全性の面からの慎重な検討が要求されるものである。にもかかわらず、医薬品は利潤追求を目的とする製薬企業の商品として生産されており、他方これを服用する国民一般としてはその安全性を判断することは技術的、能力的に殆ど不可能である。従つて、国民としては、医薬品の副作用から自己の生命・健康をまもるためには、右の技術及び能力を備えうる国に対し、国民にかわつて右の判断を行うことを付託する以外に方法がないといわなければならない。そうすると右に述べた厚生大臣の医薬品の品質を保持すべき責務の中には医薬品の安全性を確保すべき責務すなわち、医薬品の有用性を決定する前提としての安全性―副作用の存否及び程度―を十分に予見し、これに応じた適切な処置をとるべき責務が当然に含まれるものと解釈されなければならない。

(3) そして、旧旧薬事法(昭和一八年三月一二日法律第四八号)における統制色を払拭することを立法の動機とした(<証拠略>)旧薬事法の中にあつて、唯一の許可事項とされたものが公定書外医薬品の製造等であり、しかもこれについては旧旧薬事法においては採用されていなかつた斯界の権威者を集めた薬事委員会(後に薬事審議会)の建議を必要とするに至つたことは、旧薬事法自体、医薬品の安全性確保を含む品質管理こそが薬事行政の根幹をなすものであることを示していたといえよう。

(4) 加えて、旧薬事法及び現行薬事法は、憲法二五条二項が国はすべての生活部面について、公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないと規定したのを受けて、その趣旨を実現すべく薬事の分野における基本法として制定されたものであるところ、医薬品の副作用によるいわゆる薬害は一旦これが発生すればその被害はきわめて悲惨なものとなることは周知の事実であつて、このことからみても、医薬品の安全性確保を含む品質管理は薬事行政の最重要部分を占めるものと考えなければならない。

(5) 以上の点に鑑みれば、医薬品の安全性を確保すべき厚生大臣の責務は、旧及び現行薬事法上、薬事行政の根幹をなすきわめて重大な責務として規定されているものと解すべきであつて、これが懈怠された場合においても国民に対しなんら法律上の責任を負わないところの単なる行政上・政治上の責任にすぎないものと考えることは到底できない。それは旧及び現行薬事法上厚生大臣に負わされた法律上の義務である。

(二)  (注意義務の内容)

(1) 前記のとおり厚生大臣は公定書の制定(公定書への医薬品の収載)及び製造(輸入販売)承認(許可)を通して医薬品を一般国民の利用可能の状態に置くものであるから、右に述べた厚生大臣の医薬品の安全性確保のための注意義務は右の各時点において、まず、履行されなければならないことは当然である。

そして、医薬品の安全性に関する知見は、他のあらゆる科学上の認識と同様に時代の進展とともに発展・集積することは明らかであり、他方、前記のとおり薬害は一旦これが発生すれば悲惨な結果を招来するものであることに照らすと、厚生大臣は、医薬品を一旦公定書に収載し、又は製造(輸入販売)承認(許可)したのちにあつても、常に、その安全性を確保すべき義務を負うものと考えなければならない。このことは前記のとおり旧及び現行薬事法が一定期間ごとの公定書の改定を義務づけていることからも明瞭である。

右の各時点において厚生大臣が負う注意義務の具体的内容は次の(2)、(3)のとおりである。

(2) 結果予見義務

右の各時点において、厚生大臣は、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能、効果等を審査し、その有効性と安全性を比較衡量してその有用性を判定し、その際当該医薬品が人の生命・健康に対してもたらす影響、特に副作用の種類・程度を認識・予見すべきこととなるが、右判定はその時点における医学、薬学等関連諸科学の最高の学問・技術の水準に達した知見に基づいてなされるべきものである。

そして、その基礎となるべき知見の取得については、まず、申請者をして、あるいは自ら、国内国外の副作用情報等に関する文献を広く収集調査し検討することがなされるべきである。

(3) 結果回避義務

右判定に際し、厚生大臣において医薬品の副作用による被害の発生が認識・予見された場合は、被害の発生を未然に防止するために、厚生大臣は製造(輸入販売)承認(許可)申請又は公定書収載に対しては有効性との対比において適応症、用法、用量等を明確に限定すべく、これによつてまかなうことができない場合は製造(輸入販売)承認(許可)又は公定書収載はすべきものでない。承認(許可)後又は公定書収載後にあつては、直ちに当該医薬品につき適応症、用法、用量等を明確に限定してこれを利用者に周知徹底せしめ、これによつてまかなうことができない場合は当該医薬品の製造(輸入販売)承認(許可)を取消し、販売、使用を中止させ、更には公定書から削除する措置を直ちにとるべきである。

(三)  (原告らの侵害された利益は反射的利益であるとの主張について)

右主張は、被告国の厚生大臣は「法律上」医薬品の安全性確保義務を負わないから、国民の側で享受する利益も「法律上」の利益でない、と強調するものであり、結局、薬事法の目的及び立法趣旨を問題にしているものと理解される。その問題については、前記(一)で詳論したとおりであり、結論的には、厚生大臣は国民に対し医薬品の安全性を確保すべき法律上の義務を負つていると解されるから、厚生大臣の右義務に違反した違法な行為により損害を被つたとして、原告らが被告国に対し損害賠償を請求することにはなんらの妨げもなく、従つて、前記主張は失当である。

2  (予見可能性)

厚生大臣の注意義務の懈怠の有無を判断するにあたつても、まず前提として、厚生大臣が結果の発生を予見できたか否かを検討しなければならない。被告会社らの場合と同様、昭和三五年末を基準時とし、その時点において厚生大臣がキノホルムの副作用によりヒトに神経障害が発現することを予見できたか否かを以下に検討する。

(一)  (被告国とキノホルムとの関わりあい)

<証拠略>によると次の事実が認められる。

(1) 昭和六年の満州事変勃発、同八年のわが国の国際連盟からの脱退と、わが国が国際社会において孤立化し、戦時色が次第に濃厚になつてきた昭和一一年ころ以降、内務省衛生局東京衛生試験所では、それまで輸入にたよつていた重要医薬品の国産化を計画し、キノホルムについても、製造法の研究を推進した結果、工業生産が可能となり、昭和一三年に製造費が予算化されて本格的に製造を開始し、翌一四年に初めて製品として発表するまでに至つた。その後昭和二〇年まで、同衛生試験所においてキノホルムの製造が行なわれ、製品の大部分は軍に納入され一部は民間にも払い下げられていた。

戦後昭和二一年八月、国はキノホルムの製法発明者である篠崎好三に対し、キノホルムの製法特許実施権及び製造用機械を払い下げ、同人の入社した八洲化学株式会社においてキノホルムの製造・販売が行なわれるようになつた。

(2) キノホルムは、昭和一一年七月三日公布の内務省令第一九号により劇薬に指定されたが、昭和一四年八月二三日公布の第五改正日本薬局方に普通薬として収載されるとともに、同年一一月九日公布の厚生省令第三六号により劇薬品目中から削除された。

ところで、毒薬・劇薬とは、その使用により人や動物の機能に危害を与え、又は危害を与えるおそれのある医薬品をいうが、その指定にあたつては右昭和一一年ないしは同一四年当時より現在に至るまでほぼ一貫して同一の基準が用いられてきており、右指定基準の内容は、動物の体重一kgあたり経口致死量二〇mg以下のものを毒薬、同三〇〇mg以下のものを劇薬とするというものであつた。そして、キノホルムについては、H・H・アンダーソンらが、昭和六年(一九三一年)、「実験生物医学界雑誌(二八巻)」に掲載された「生物学的作用に対するオキシキノリンのハロゲン化の影響」と題する論文の中で、キノホルム二〇〇mg/kgをモルモツトに投与したところ一〇匹中七匹が死亡した、と報告しているのを初めとして、前記四2(三)(2)dのN・Aデーヴイツドらによる昭和一九年(一九四四年)の論文及び同3(3)bないしdのスイス・チバ社での昭和一四年(一九三九年)、同一九年(一九四四年)、同二七年(一九五二年)の一連の動物実験の結果報告の中でも、いずれもキノホルムの動物における経口致死量が三〇〇mg/kg以下であるとのデータが示されている。

従つて、キノホルムは前記基準に照らして劇薬であることが明らかであり、昭和一四年一一月の劇薬指定解除は合理性がないといわなければならない。

(二)  (予見可能性の存在)

(一)の認定事実によると、被告国は、自らキノホルムの製造法を開発して実際にその製造・販売を行ない、戦後は民間企業にキノホルムの製造・販売の途を開いたものであり、また、キノホルムを一旦は劇薬として指定しておきながら、首肯するに足りる理由もないまま同指定の解除を行なつたものである。してみると、被告国とキノホルムとの間の右関わりあいからみて、被告国は、キノホルムの危険性について容易にこれを認識・予見しうる立場にあつたといわなければならない。

右の特殊な事情に前記四2(三)で認定した事実を総合して判断すると、厚生大臣は、前記基準時当時、キノホルムの副作用によりヒトに神経障害が発現することを予見することが可能であつたというべきである。

(三)  (繁用医薬品、日本薬局方収載医薬品であるとの主張について)

被告国の予見可能性についての主張に対する判断はその殆どが被告会社らの責任の項で触れたところと同じなので、ここでは、キノホルムは繁用医薬品であり、また、日本薬局方収載医薬品であるからその有効性及び安全性が実証されたものであるとの主張について判断する。

キノホルムが危険視すべき副作用なしに繁用されていたという事実は本件全証拠によるも認め難い。仮にキノホルムが右のように繁用されていたとしても、前記四2(五)(1)で述べたところと同様、副作用の危険性に触れた文献がある以上これに留意せず無視してよいという理由にはならない。また、局方収載品であるとの主張も、キノホルムの安全性が確認されたうえで収載されたものであるという前提が肯認されて初めて意味をもつものであるところ、右前提事実を認めるに足りる証拠は存しない。従つて、被告国の前記主張は失当である。

3  (結果予見義務懈怠)

右のとおり厚生大臣の予見可能性を肯認できる以上、被告会社らについて前記四3(編注・(結果予見義務懈怠)2で認めたとおり、被告会社らは昭和三五年(一九六〇年)末当時キノホルム及びその類縁化合物の副作用等に関する文献・報告を入手してこれを検討することにより、キノホルムの副作用によりヒトに神経障害が発現することを十分予見しえたものであるところ、それにもかかわらず、被告会社らにおいて、昭和三五年(一九六〇年)末当時及びそれ以降、右文献・報告を入手のうえこれを正当に評価することを怠つた事実は、弁論の全趣旨から明らかである。してみると、被告会社らは、既に文献調査の点においてこれを尽さなかつたというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、別表キノホルム剤による原告患者らのスモン罹患につき結果予見義務懈怠の責任を負う。)で判断したのと同様の理由から、厚生大臣も、前記基準時以降、本件スモン被害について結果予見義務懈怠の責任を負うというべきである。

4  (結果回避義務懈怠)

(一)  (製造等許可・承認の具体的内容)

厚生大臣が、請求原因2(二)(4)a、b記載のとおりキノホルム(剤)を公定書に収載した事実、及び別表キノホルム剤の製造又は輸入を許可又は承認した事実は当事者間に争いがない。また、本件キノホルム剤中別表キノホルム剤以外のキノホルム剤(但し、二次11の原告が服用したキノホルム剤は同原告の個別認定表(10)の証拠によればエマホルム又はエンテロ・ビオフオルムのいずれかであることが認められるから、別表キノホルム剤の被告田辺か同チバの製造によるものと認められる)は、各個別認定一覧表(10)の証拠によれば、一次4の原告の服用薬は富山の家庭常備薬「赤玉」、その余はすべて医師の投与したキノホルム剤であることが認められる。従つて、厚生大臣はこれらのキノホルム剤についても、別表キノホルム剤と同様右各服用時期前に各製造業者(輸入業者)に対して右製造(又は輸入)を許可又は承認したものと推認される。

進んで右収載・許可・承認の具体的内容を検討するに、<証拠略>、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 厚生大臣は、キノホルムを第六改正日本薬局方(昭和二六年三月一日)及び第七改正日本薬局方第一部(昭和三六年四月一日)に各収載するに際し、常用量として一回〇・二グラム一日〇・六グラムと記載するにとどまり、適応症のアメーバ赤痢への限定や神経障害の副作用の危険性についてなんらの記載もしなかつた。

(2) 被告田辺の別紙キノホルム剤一覧表1ないし8のキノホルム剤の各製造許可・申請に対し、適応症につき、いずれもアメーバ赤痢のほか数個の疾病、主なものとしては、疫痢、大腸カタル、腸カタル、急性及び慢性下痢、夏季下痢、神経性下痢、腸内異常醗酵などに有効である旨公認し、また、神経障害の副作用の危険性についてなんらの警告も条件としなかつた。

(3) 被告チバの同表9ないし15のキノホルム剤の各製造又は輸入の許可・承認の申請に対し、適応症につき、いずれもアメーバ赤痢又はアメーバ性疾患のほか数個の疾病、主なものとしては、大腸炎、腸炎、胃腸炎、慢性再発性下痢、夏季下痢、細菌性腸疾患などに有効である旨公認し、また、神経障害の副作用の危険性についてなんらの警告も条件としなかつた。

(4) また、右(2)、(3)に認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、別表キノホルム剤以外の本件キノホルム剤の製造又は輸入の許可・承認についてもほぼ右(2)、(3)と同様であつたと推認することができる。

(二)  (結果回避義務懈怠その1―昭和三五年末当時)

(1) 前記2(二)で認めたとおり、厚生大臣において昭和三五年末当時キノホルムの副作用による神経障害発現の予見が可能であつたこと、及び前記四4(一)(2)で認めたとおり、右時点当時のキノホルムの治療上の価値は適応症をアメーバ赤痢に限定する範囲内で肯認しえたこと、前記三6(三)で認めたとおり、昭和三〇年ころから三五年にかけてキノホルムの生産、輸入量は急増し、無限定の広範囲にわたる投与が行なわれるに至つたこと、また、前記五2(一)で認めたとおり、被告国自身が早くからキノホルムの製造法を開発して実際にその製造販売を行ない、戦後民間企業に製造販売の途を開いたものであることに鑑みると、厚生大臣は、右時点当時、それまでに公定書に収載、製造又は輸入を許可した全部のキノホルム(剤)(本件キノホルム剤について適応症の制限及び副作用の警告を条件に製造許可をしたものでないことは前記認定のとおりである)について、少くとも適応症がアメーバ赤痢に限定されること及び神経障害の副作用の危険性があり使用に注意する必要があることを医師及び一般国民の間に周知徹底させるために、なんらかの規制措置をとるべき義務があつたといわなければならない。

(2) ところで、被告国は、厚生大臣が昭和四五年九月に至るまでなんらの規定措置をとらなかつたという事実を明らかに争わず、これを自白したものとみなしうるから、昭和三五年末当時において右(1)の義務に違反したことは明らかである。

(三)  (結果回避義務懈怠その2―昭和三五年末より後)

(1) 昭和三五年末より後も、右(二)(1)で述べたと同様の理由から、厚生大臣は、公定書収載に際し、又は製薬業者より新たになされたキノホルム剤の製造又は輸入の許可・承認の申請に対し、少くとも適応症をアメーバ赤痢に限定すること及び神経障害の副作用に関し警告をなすことを条件として収載、許可・承認すべき義務があつたといわなければならない。

(2) しかるに、厚生大臣は、右時点より後になされたキノホルム(剤)の収載、製造又は輸入の許可・承認に際し、右(1)の義務を履行しなかつたことが明らかである。すなわち、公定書収載、本件キノホルム剤の製造又は輸入の許可・承認に際し、前記適応症の制限・副作用の警告を条件としなかつたことは前記(一)で認めたとおりである。

5  (被告国の責任についての結論)

(一)  (被告国の主張に対する判断)

(1) 自由裁量行為であるとの主張について

前記1(二)(2)のとおり医薬品の有用性の判断はその有効性と安全性との対比において、当時における関連諸科学の最高の学問水準に従つてなされるべきものであり、従つて、当然に専門的、技術的、合目的的な判断を必要とするものであつて、最終的には厚生大臣の合理的な裁量に委ねられるものであることは明らかである。しかしながら、右の判断結果は直ちに国民の生命・健康に直接的に影響を与えるものであるから、右裁量の範囲は社会通念に照らし当然制限され、厚生大臣の判断が右裁量の範囲をこえるときは直ちに違法との評価を受けるものである。そして、本件において、厚生大臣がキノホルムの副作用による神経障害発現の危険性を予見しえたにもかかわらず、これになんら留意せずしてキノホルム剤の有用性の判断をしたことは、先に述べたところから明らかであり、医薬品の安全性確保の点において著しく配慮を欠いたものと評価しうるから、結局、厚生大臣の右判断は裁量の範囲を逸脱した違法なものというべきである。

(2) 行政権限の不行使の違法に関する主張について

行政権限の不行使が国家賠償法上違法として事後的に評価されるか否かは、結局は行政庁において当該権限を行使すべき法律上の作為義務が存したか否かによつて決まると考えられる。そして、厚生大臣が薬事法上医薬品の安全性確保のために製造許可・承認後又は公定書収載後も規制権限を行使するべく義務付けていることは、既に前記1(二)(1)で結論的に述べたとおりであり、その理由・根拠は同1(一)に詳論したとおりである。ただ、製造許可・承認又は公定書収載という積極的な行政権限の行使の際の注意義務との性質上の違いについて付言すると、同注意義務がまさにその行為により危険な医薬品を国民に供給する結果になるかもしれないという状況下において行為者に課されるものであるのに対し、事後的な安全性確保のための注意義務は、右の危険な結果の発生が予見される場合に危険の招来に関与した者に対し結果発生防止の行為に出る必要ありとして課されるものということができる。

そして、本件においては、先に認定した事由により昭和三五年末の時点において厚生大臣はキノホルムの副作用による被害の発生を防止するためなんらかの規制措置をとるべき法律上の作為義務があつたというべきであり、従つて、厚生大臣の権限不行使が違法でないとする被告国の主張は失当である。

(二)  (結論)

以上を総合して判断すると、厚生大臣は、昭和三五年末当時において規制権限の不行使により、また、その後においてキノホルム(剤)の公定書収載、製造又は輸入の許可・承認により、いずれもキノホルム剤の安全性確保のために負わされた注意義務を懈怠したものであつて、過失があつたと認められ、そして、厚生大臣の右不作為及び作為は違法であつたと認められる。従つて、被告国は、厚生大臣の右の違法な行為に起因して生じた原告患者らの本件スモン被害につき、国家賠償法上の責任を負う。

なお、前項で認めた被告会社らの責任との関係についてみるに、被告会社を特定できる原告については、当該被告会社及び被告国の各不法行為によつて生じた各損害はその範囲を全く同じにするものであるから、両者の原告に対して負う損害賠償債務は不真正連帯債務の関係にあるというべきである。そうすると、被告国は、右の原告に対しては当該被告会社と連帯して損害を賠償する責任があり、また、被告会社を特定できないその余の原告に対しては単独で賠償の責に任ずることになる。

六  損害

1  (包括請求)

前記三8(一)に認定の事実によると、原告患者らはいずれも各個別認定一覧表(4)記載のキノホルム剤の服用によりスモンに罹患し、身体的障害を受け、精神的肉体的苦痛、経済的損害など各種の損害を被つたことが認められる。

原告らは、原告患者らが被つた損害のすべてを総体として包括的にとらえ慰藉料形式で請求をしている。損害賠償訴訟においては、損害算定にあたり、項目別に各損害を認定し、これを積算するという定型的な認定方法をとつても場合によつては慰藉料に補完的な作用をさせて全体として相当な損害額を算定していること、殊に本件においては、前認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告患者らは罹患後相当の期間が経過し、かつ、個々の被害も多項目にわたつているため、これら項目別損害を個々的に立証するのは容易でないこと、原告患者らは将来別訴で財産上の損害を請求する意思がないこと、が認められ、これらを考慮すると、本件のような場合には慰藉料形式で精神的肉体的苦痛のみならず経済的その他の損害を包括して請求することも許されるというべきである。

そこで本件においては、各原告患者についてスモン罹患時から本件口頭弁論終結時まで(死亡患者の場合は死亡まで)の事情を含め、終結時における全損害を包括して(死亡患者の場合は右時点において損害を評価することとして)損害額(弁護士費用を除く)を算定することとする。従つて、右損害に対する遅延損害金の起算日も各原告について本件口頭弁論終結の日におくのが相当である。

2  損害額の算定

原告患者らのスモン神経症状発現時の年齢、発現時以降の病状経過、その以前の生活状況、現在の(死亡患者の場合は死亡に至る)病状、生活状況、身体障害者等級、前記鑑定の症度については先に認定したとおりである。

また、右認定の事実、<証拠略>によれば、原告患者らはいずれも程度の差こそあれ、知覚障害、運動障害、更に症状の進んだ者は視力障害など各種の障害に長年苦しめられていること、スモン患者に対しては高気圧酸素療法、薬物療法、リハビリテーシヨンなど種々の治療が行なわれており、運動障害などに対しある程度効果が現われている面もあるけれども、未だ確立した治療法もないまま症状は慢性化し、患者達は健康の回復について希望を失つていること、これらスモンによる苦しみは患者本人のみでなく、患者の看護あるいは治療費、生活費の捻出など家族全体に及んでいること、原告患者らはいずれも病気の治療・手術後の予防のため本件キノホルム剤を服用したのであつて、服用について落度がなかつたことが原告患者に共通する事情として認められる。

そして、原告患者らについて以上認定の諸事情を綜合し、殊に、1症状の程度(罹患当時からの症状経過を含む。なお、他疾患(先行・合併症を含む)がある場合その影響度を考慮)、2神経症状発現時の年齢、3家族構成上の地位(扶養家族を有する有職者であるかどうか、中学生以下の子女を養育中の主婦であるかどうかなど)の諸点を要素として考慮すると、原告患者らの損害額としては各個別認定一覧表(11)記載の額が相当である。

次に原告ら主張の死亡患者らについては、同患者らについての個別認定一覧表記載(6)、(14)欄のとおり、死亡、相続、債権譲渡の事実が認められ、これによると、右患者らの相続、債権譲受人たる相続一覧表記載の原告らの各承継取得債権額は前記対応する個別認定一覧表の各(14)に認定の額となる。

3  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、弁護士費用についての原告ら主張の委任の事実、原告らが右弁護士らによつて本件訴訟活動を行なつて来た事実が認められる。そうして、本件事案の内容、審理経過に照らすと、右弁護士に対する委任は原告らの権利実現のためにやむを得ない措置であつたと認められ、従つて、そのための弁護士費用の支出は本件不法行為に基づく損害と認められる。

そして、本件事案の内容、審理経過、認容損害額に照らすと、各原告について認容した前記損害額のほぼ七・五%にあたる前記原告別請求・認容一覧表の各原告に対応する<5>欄に記載の金額をもつて、本件損害にあたる弁護士費用と認める。

七  結論

以上の次第で、別紙原告別請求・認容一覧表原告氏名欄記載の各原告のこれに対応する被告会社(同表の被告会社欄に○印の付されたもの)及び被告国に対する請求は、一次5(三次62)、一次17、二次7(三次61)、二次8(三次63)、二次11の各原告の被告田辺に対する本件各請求、一次10、二次11、二次42、二次44、二次45、の各原告の被告チバ、同武田に対する本件各請求を除き各自それぞれ(但し、一次4、一次5(三次62)、一次17、二次1、二次2、二次7(三次61)、二次8(三次63)、二次11、二次15、二次29、二次38、二次42、二次44、二次45の各原告については被告国のみ)対応する各原告に対し、対応する前同表<6>記載の各金員及びそのうち対応する同表<4>記載の各金員に対する一次4、一次5(三次62)、一次17、二次8(三次63)、二次15、二次29、二次38の原告らについては右原告らの本件口頭弁論終結の日である昭和五四年三月三〇日から、その余の原告らについては同原告らの本件口頭弁論終結の日である昭和五三年一二月一九日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める限度で理由があるので、右原告らの本件各請求を右の範囲で正当として認容する。

右原告らのその余の請求、並びに一次5(三次62斉藤政興)、一次17(三股徳夫)、二次7(三次61浦川律子)、二次8(三次63阿部澄子)、二次11(川尻フミ子)の被告田辺に対する本件各請求、一次10(佐々木阿い)、二次11(川尻フミ子)、二次42(吉岡佐吉)、二次44(木下栄一)、二次45(玉山貞子)の被告チバ、同武田に対する本件各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却する。

訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用し、なお、仮執行宣言について同法一九六条を適用し、右認容金額の各三分の一の限度において相当と認め、また、仮執行免脱宣言は相当でないと認めるのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹宗朝子 野崎弥純 飯田喜信)

原告別請求・認容一覧表

(注)「被告会社」欄の○印は当該原告に関係のある被告会社を示す。ただし、「棄却」欄に被告会社の表示があるのは、右被告会社に対する請求が全部棄却されたことを意味する。

被告国は原告ら全員に関係があるので表示を省略する。

請求額・認容額につき特に表示のあるものを除き単位は万円である。

(単位万円)

原告番号

原告氏名

被告会社

請求額

認定額

棄却

田辺

チバ

武田

<1>

損害額

<2>

弁護士費用

<3>

合計

<4>

損害額

<5>

弁護士費用

<6>

合計

一次

1

石川義光

一六六六万

六六六六円

二五〇

一九一六万

六六六六円

一〇八三万

三三三三円

八一

一一六四万

三三三三円

石川浩司

三三三三万

三三三三円

五〇〇

三八三三万

三三三三円

二一六六万

六六六六円

一六二

二三二八万

六六六六円

2

船越ハギ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三二五〇

二四三

三四九三

3

田端雷太郎

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

一九〇〇

一四二

二〇四二

4

風端イソ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三二五〇

二四三

三四九三

三次

62.5

斉藤政興

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

四二五〇

三一八

四五六八

田辺

一次

6

林ノブ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

一七〇〇

一二七

一八二七

7

工藤弥一郎

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二〇四〇

一五三

二一九三

8

梶原二郎

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一八〇〇

一三五

一九三五

9

稲垣恵子

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

四〇〇〇

三〇〇

四三〇〇

10

佐々木阿い

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二五〇〇

一八七

二六八七

チバ、武田

11

三浦義治

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二二九五

一七二

二四六七

12

太田慶重

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

一九〇〇

一四二

二〇四二

13

高橋与市

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九五〇

一四六

二〇九六

14

森政雄

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一三〇〇

九七

一三九七

15

田中富雄

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一三七五

一〇三

一四七八

16

野田勉

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一四三〇

一〇七

一五三七

17

三股徳夫

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二二九五

一七二

二四六七

田辺

二次

1

間沢俊幸

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

一四三〇

一〇七

一五三七

2

細川マサ子

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三八七五

二九〇

四一六五

3

高松キヌヱ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三二五〇

二四三

三四九三

4

井上孝志

五五〇〇

八二五

六三二五

四六二五

三四六

四九七一

5

松岡サダコ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三二五〇

二四三

三四九三

二次

6

石塚信一

五五〇〇

八二五

六三二五

三八七五

二九〇

四一六五

三次

61.7

浦川律子

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三一二五

二三四

三三五九

田辺

63.8

阿部澄子

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三五〇〇

二六二

三七六二

田辺

二次

9

高橋けさの

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二五〇〇

一八七

二六八七

10

池田ミチヨ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

四三七五

三二八

四七〇三

11

川尻フミ子

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二〇九〇

一五六

二二四六

田辺、チバ武田

12

古道谷キヨ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三二五〇

二四三

三四九三

13

酒井静江

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二〇四〇

一五三

二一九三

14

村田栄子

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二七五〇

二〇六

二九五六

15

佐藤慶子

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九五五

一四六

二一〇一

16

大津治代

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一三七五

一〇三

一四七八

17

平田秀明

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一三〇〇

九七

一三九七

18

林春雄

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一七〇〇

一二七

一八二七

19

引谷チヨ

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一二一〇

九〇

一三〇〇

20

内田コヨ

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二〇四〇

一五三

二一九三

21

吉田淳治郎

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二〇四〇

一五三

二一九三

22

斎藤喜一

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二四七〇

一八五

二六五五

23

近江忠

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

二五六五

一九二

二七五七

24

原勇

一三三三万

三三三三円

二〇〇

一五三三万

三三三三円

六三三万

三三三三円

四七

六八〇万

三三三三円

富樫桂子

一七七七万

七七七七円

二六六万

六六六七円

二〇四四万

四四四四円

八四四万

四四四四円

六三

九〇七万

四四四四円

原義彰

四四四万

四四四四円

六六万

六六六七円

五一一万

一一一一円

二一一万

一一一一円

一五

二二六万

一一一一円

原敏夫

四四四万

四四四四円

六六万

六六六七円

五一一万

一一一一円

二一一万

一一一一円

一五

二二六万

一一一一円

25

岩嵜ミヱ

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一七〇〇

一二七

一八二七

26

小谷タキ子

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一七〇〇

一二七

一八二七

27

園部ヒミ子

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一七〇〇

一二七

一八二七

28

松田ミサヲ

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九五〇

一四六

二〇九六

29

原田兼義

一三三三万

三三三三円

二〇〇

一五三三万

三三三三円

六二三万

三三三三円

四六

六六九万

三三三三円

吉田啓子

二六六六万

六六六六円

四〇〇

三〇六六万

六六六六円

一二四六万

六六六六円

九三

一三三九万

六六六六円

30

川井ハナ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三五〇〇

二六二

三七六二

31

石尾与作

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二二八〇

一七一

二四五一

二次

32

大平勢

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九〇〇

一四二

二〇四二

33

中村モヨ子

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九〇〇

一四二

二〇四二

34

中井アヤノ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

一五〇〇

一一二

一六一二

35

鳥取信男

六六六万

六六六六円

一〇〇

七六六万

六六六六円

三一六万

六六六六円

二三

三三九万

六六六六円

政田シゲノ

六六六万

六六六六円

一〇〇

七六六万

六六六六円

三一六万

六六六六円

二三

三三九万

六六六六円

服部滿壽子

六六六万

六六六六円

一〇〇

七六六万

六六六六円

三一六万

六六六六円

二三

三三九万

六六六六円

鳥取三郎

六六六万

六六六六円

一〇〇

七六六万

六六六六円

三一六万

六六六六円

二三

三三九万

六六六六円

山崎栄子

六六六万

六六六六円

一〇〇

七六六万

六六六六円

三一六万

六六六六円

二三

三三九万

六六六六円

中島正顕

二二二万

二二二二円

三三万

三三三三円

二五五万

五五五五円

一〇五万

五五五五円

一一二万

五五五五円

中島正信

二二二万

二二二二円

三三万

三三三三円

二五五万

五五五五円

一〇五万

五五五五円

一一二万

五五五五円

中島實

二二二万

二二二二円

三三万

三三三三円

二五五万

五五五五円

一〇五万

五五五五円

一一二万

五五五五円

36

中嶋ヨシヱ

一三三三万

三三三三円

二〇〇

一五三三万

三三三三円

六〇〇

四五

六四五

長崎玲子

一三三三万

三三三三円

二〇〇

一五三三万

三三三三円

六〇〇

四五

六四五

中嶋嗣雄

一三三三万

三三三三円

二〇〇

一五三三万

三三三三円

六〇〇

四五

六四五

37

高橋勝男

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二〇四〇

一五三

二一九三

38

佐伯茂

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

二二八〇

一七一

二四五一

39

若林チヨ

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九〇〇

一四二

二〇四二

40

佐藤シズ

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一九五五

一四六

二一〇一

三次

64.41

泊谷つたへ

五〇〇〇

七五〇

五七五〇

三二五〇

二四三

三四九三

二次

42

吉岡佐吉

四〇〇〇

六〇〇

四六〇〇

一七〇〇

一二七

一八二七

チバ、武田

44

木下栄一

一五〇〇

二二五

一七二五

八四九万

九九九九円

六三

九一二万

九九九九円

チバ、武田

45

玉山貞子

一五〇〇

二二五

一七二五

八四九万

九九九九円

六三

九一二万

九九九九円

チバ、武田

キノホルム剤一覧表 <略>

死亡患者相続一覧表 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例